ゆとり国語教室のブログ

愛知県犬山市にある小さな国語教室です。目標は塾のいらない子を育てることです。

1年生と感想文

夏休みが始まっています。

今年も大勢の子が、読書感想文講座を受講してくれています。

ところで、小学校によっては1年生から読書感想文の課題が出されるところがあるのですが、私個人の意見としては、それはまだ早すぎると思っています。

 

1年生の夏はまだやっとひらがなを一通り習った頃です。

「文字を覚えたから文を書けるだろう」

と考える人もいるかもしれませんが、そんな単純なことではありません。

 

たとえば大人の私たちが、ローマ字やカタカナでまとまった量の作文を書きなさいと言われたらどうでしょう。

また、すべて鏡文字で書きなさい、左手で書きなさい、そういう縛りで作文を書こうと思ったら、スラスラ書けるでしょうか。

おそらく頭の中に文が思い浮かんだとしても、文字にしようとする時に一瞬思考がとまるせいで、スムーズに書き進められないのではないかと思います。

 

低学年の子たちはひらがなを覚えたといってもまだ自由に操れるわけではありません。

一文字一文字思い出しながら書けば、当然表現に気を配る余裕などありませんし、文が矛盾していても気が付きません。

それは文章力がないせいではなく、「文字を書く」という作業にたくさんのメモリを消費しているからです。

この時期の子たちに必要なのは、思った字をスラスラ書けるように使い慣れることです。

必要に迫られれば仕方ありませんが、できれば

「字が書けるんだから思ったまま書けばいいでしょ」

などと安易に書かせずに、まずは文字そのものの習得度合いを上げることに集中してほしいなあと思います。

 

 

中には1年生でもスラスラと文字を書ける子もいますから、そういう子はぜひチャレンジしてみてくださいね。

教育基本法

先日、音読の練習で「教育基本法」を扱いました。

最初のほんの少ししか読んでいないのですが、内容にちなんで

「世の中にはどんな学校があるのか」

「義務教育って知ってる?」

「学校がない時代の頃の子どもたちはどうやって暮らしていたのかな」

など、色々なことについて考えました。

 

中でも印象的だったのは

「私はみんなからお月謝をもらって授業をしているけど、学校へは授業料を払っていないよね。みんなの学校の先生たちは誰にお給料をもらってると思う?」

と尋ねたところ、半分近くの生徒が自信満々に

 

「校長先生!!」

 

と答えたことです。

3年生くらいまでの子はほとんどみんな「校長先生」一択でした。

会社では社長からお給料をもらう、学校の社長は校長先生・・・という考えのようです。

「校長先生そんなにお金ないでしょー」

「いや、学校でもうけた分をみんなに配って・・・」

「学校がどうやってもうけるのよ」

というようにあれこれ会話がはずみました。

 

中には

「いや、まって。もしかしたら教頭先生かも・・・」

「え、先生ってお給料もらってるの?何ももらってないと思ってた」

「ボランティアじゃなかったの?」

なんて言う子も。

教育基本法を通して、身近な先生たちの生活や学校の仕組みなどを知るきっかけになったのではないかと思います。


文章を読むことは、ただ読解力を身につけるだけでなく、たくさんの知識をつけることにもつながります。

様々な文章を読むことで、自分たちの世界をどんどん広げていってもらえればと思います。


 

 

 

犬山市 きっかけ交流カフェ

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先日、犬山市の企画する「きっかけ交流カフェ」にゲストスピーカーとして呼んでもらいました。

 

子育てしているけれどもう一度社会復帰したい。

何かはじめたい気持ちはあるけど、自分に何ができるだろう。

実際活動している人はどんなふうにやっているのだろう。

 

そんな気持ちを抱えた市内の女性たちと、おしゃべりしたり質問にこたえたりしてきました。

質問に答えながら

「そうだ、私はこういう気持ちでこの教室をはじめたんだったなあ」

「そうそう、こういうことを大事にしてるんだ」

と自分自身の思いを再確認するきっかけにもなりました。

また、「こんなこともやってほしい」というリクエストもいただけたので、今後前向きに検討したいと思います。

 

毎日子どもたちと話しているけれど、こうして大人としゃべる機会って案外ないのです。

そういう意味でも私にとって貴重な場になりました。

そして何より場所が児童センターということで、よちよちの可愛い赤ちゃんがたくさん居て、ああなつかしい、ああかわいいとテンションがすごい勢いであがってしまいました。

 

またこういう場あれば私も積極的に参加したいなあと思います。

まだ今後も色々なゲストさんによる交流カフェがひらかれるそうです。

興味のある方は市のホームページなどでチェックしてみてくださいね。

新年度の準備をしています

あけましておめでとうございます。

2019年を迎え、教室では高学年クラスへ進級される皆さんに、どの曜日で受講するのかをお尋ねしています。

今月中には在籍される生徒さんのクラス編成を終え、その後、空席待ちをされている方へのご案内をする予定です。

現在空席待ちをしていただいている方は10名以上、中には半年以上前からお待ち下さっている方もいらっしゃいます。

本当は

「入りたい」

と言って下さった時にすぐにお入りいただけると良いのですが、一人で見られる人数には限界があってもどかしい限りです。

また空席が出た場合はホームページやツイッターでも募集いたします。

 

昨年はこちらのブログをほとんど更新していなかったのですが、今年はもう少し教室の様子などをお伝えしたいと思います。

よかったらまたご覧になって下さい。

読書感想文講座 一部値上げのお知らせ

毎年大勢の方にご受講いただいている読書感想文講座ですが、今年度より値段を一部改正いたします。

 

【昨年まで】

一律5,000円

(お友だちや兄弟と同時受講なら500円引き)

【2018年度から】

初回・2年目の方 5,000円

3年目以降の方と中学生 8,000円

(両者とも、お友だちや兄弟と同時受講なら500円引き)

 

 

 

本来この講座は「感想文で何をどのように書いたらよいのかわからない」という方に、基本の書き方を知ってもらうために開講したものです。

気軽に参加してもらうため、本来の個別授業よりも価格を下げ、生徒さん一人一人に「いずれは一人で書けるようにするための授業」を心がけて参りました。

しかしここ数年はリピーターの皆さんで予約が埋まり、本当に作文初心者のお子さんがほとんど受講できないという状況が続いています。

また、中には「5,000円払えば面倒な宿題を1つ終わらせてもらえる」と考えて、上達をのぞまない方もいらっしゃるようです。

課題を済ませるためではなく、技術を学ぶために来て欲しいというのが私の願いです。

長く悩みましたが、できるようになった子は講座を卒業してどんどん新しい子に受講してもらうという形をつくるため、このような変更を決断いたしました。

受講回数のカウントは今年からといたしますので、これまで受講いただいた方も次の申し込みで1回目とし、今年は中学生のみの値上げになります。

今後受講される方は、

「書き方を学んで自分で書けるようになろう」

というつもりでおいでいただければと思います。

講師一人で行っている講座であるため、なかなか皆様の期待に添えない部分もございますが、ご理解いただけるとありがたいです。

  

今年度の感想文講座は6月20日(水)の朝8時から開始いたします。

ホームページにて日程カレンダーを公開しておりますので、ご確認の上お申し込み下さい。

 

習い事は単純なたし算にはならない話

これは以前別の場所でも書いた物ですが、習い事業界にいるものとしてこちらでも記しておきたいと思います。

私は教室に新規の生徒さんが来られるとき、できるだけ体験授業を受けることを進めますし、最初の1ヶ月でやめる場合は年間維持費もお返ししています。

また、年度の変わり目には

「そろそろやめようと思ってる人はお知らせしてね」

と促しています。

決して入ってほしくないわけではなく、通うかどうかを慎重に選んでほしいからです。

そう思うのは、以下のような理由があります。

 

 

 

みなさん子供に何かプラスになればと思って習い事に通わせていらっしゃいますが、習い事をするということは単純なたし算にはなりません。 
1つ何かを身につけることで、必ずその時間にできる何かを犠牲にしています。 

私が過去に見てきた生徒たちのうち、小さな頃からぎっしり習い事をしてきた子供達の多くは、無気力で省エネな解き方しかできなかったり、深く考える習慣がなくて習っていない問題は最初から諦めてしまう、などの傾向がみられます。(決して全員ではないです) 

だから成績はそこそこよくても、底力がなくて伸び悩んでしまうのです。

毎日忙しくすごすことでほどほどにこなすことを覚えたり、いつも何をするか決まっているから、やりたいことを見つけられないのかもしれません。


子供の自由な時間はただ遊ぶだけではなく、自分の欲求に向き合ったり、未来に思いをはせたり、その日のできごとを反芻したり、そういう貴重な時間なのです。 
また、どんなに教室でいろいろなことを習っても、生活の中で学ぶのと比べると質が劣ります。 
どんなものをどこで買ってくるのか、道路の決まり、お金の流れ、料理や掃除の仕方、そういうものを一緒に学ぶことこそ、自立して生きてゆくための土台になると思います。 

保護者の中には、自分に自信がなくて、専門家に子育てを託してしまっている方がかなり多いように思います。 
「私はダメだから先生おねがいします」 
と丸投げされるたびに悲しい気持ちになります。 
習い事で得るスキルは、生きてゆく上で役に立つかもしれませんが、なくても大丈夫なものばかりです。 
でも家庭で学ぶ「生活する能力」は、絶対に必要なものです。 
自分と向き合い「わたしはどんな人間か」をみつめる時間も大切なときです。 
だから習い事を決めるときは、 
「貴重な時間をつぶしても、通う意味のあるものか」 
「この子に必要なものか」 
ということを慎重になって考えてほしいなと思います。 


どうしてもあれこれやりたいお子さんには、値段や時間を見比べて、 
「この範囲内で選びなさい」 
と決めさせるといいと思います。 
そこで選択しようと考えることで、その子が自分を知るきっかけになります。 
やりたいものを全部やらせてもらってるうちは、本当の欲求、ひいては何者になりたいのかも気付かずに大人になってしまうとおもうのです。



追記

習い事をすることがプラスかマイナスか、そんな単純な話ではないです。
世の中には何かをやったから得られるものと、やらなかったから得られるものと両方あるのです。
人は何かを選ぶとき、選ばれなかった物を切り捨てています。
だから
「あれもできたらいいな、これもできたらステキ!」
という安易な気持ちで習い事を増やすのは避けてほしいなとおもいます。

一時的に下がる勇気

たまに保護者の方から

「この子、前よりできなくなったかも」

「勉強しないから退化してる」

という相談を受けることがあります。

実際にその子の様子を見てみると、それは退化ではなく、進化の途中であることがほとんどです。

しかし「できなくなってる」と思うことで、その進化を止めてしまうことがあります。

 

ある生徒は音読がとても正確で、ミスなく読めることにずっと自信を持っていました。

しかし「絶対にミスをしない」ということばかりに集中しすぎて、素早く読んだり意味を捉えながら読むということができない状態が長く続きました。

この子が最近ようやく「スピーディーに読めるようになろう!」と意識して練習をはじめたのです。

毎回パーフェクトだった音読テストは、当然以前よりミスが増えますから、その結果に本人は落ち込みます。

そのたびに

「読み方変えたんだね、すごくいいよ!!前より難しいことやってるんだからミスしても気にしないで!」

と声をかけて励ましています。

これを乗り越えればさらに高い質の「読む力」が手に入れられるはずです。

 

しかし、もしここで「前よりできなくなった」と言われてしまったらどうでしょう?

チャレンジしようという気持ちはしぼみ、また以前のようにミスしないことだけに固執した読みに戻ってしまうのではないでしょうか。

そうなってしまったらその子の成長は見込めません。

 

努力すればきちんと能力が伸びるというのは間違いではありませんが、時間がかかるものです。

 

たし算とひき算で急にミスが増えたと思ったら、実はかけ算やわり算を覚えてどのやり方をすればいいのか混乱しているところだった。

 

やるべきことをやらず、わがままを言うようになったと思ったら、実は以前は自分の気持ちを伝えられずずっと我慢していた。

成長やチャレンジの途中で能力が下がったように見えることはよくあります。

しかし一時的に下がる勇気を持たなければ次のステップに進むことはできません。

 

目先の点数や成果にばかり注目していると、大胆な挑戦ができず、成長する機会を逃しやすくなります。

もしお子さんが退化しているように見えたら、安易に「だめになってる」と思わずに、何が身に付こうとしているのか観察してみてください。

もしかしたら意外な成長に気が付くかもしれません。

また、結果が出せずにお子さんが落ち込んでいる時は、その挑戦を認め、励ましてあげてほしいと思います。